
初めての出産に子育て。ただでさえ疲労困憊なのに、むたろう君は難病でひときわ神経を使います。ワリ太に相談するも、どこか他人行儀。さすがにねむさんもワリ太の人間性を疑いはじめるのですが、「仕事」「出張」と言われると無下にはできず、モヤモヤが蓄積していくばかり。ところがある日、決定打を見つけてしまいます。
鳴り続けるワリ太のスマホの通知音。マッチングアプリの表示。ワリ太のバッグからはコンドームとマカと亜鉛のサプリ。ワリ太を問い詰めると「ストレスがたまってて風俗に行った」と平然とのたまい、悪びれる様子はまったくナシ。あげくねむさんを加害者扱いする始末。
ストレスを家には持ち込まずに外で解消したのはしかたない、という具合です。ここまで読んだ皆さん、怒りでこぶしがふるえてきましたよね。
ワリ太のスマホを取り上げたねむさんは、ワリ太の相手を洗い出しました。出るわ出るわ、デリヘル嬢、セフレ、AV女優!
計520人の女性の詳細なデータをPCにまとめて表を作成。この冷静さと行動力は目を見張りますが、腹の底から湧き上がる怒りというのはエネルギーになるのです。守るべき子供を抱えた母はどこまでも強くなれますし、絶望から「むたろうとの苦しまない死」を覚悟したねむさんは、無敵だったのかもしれません。
敵はワリ太だと読者としては断定したくなりますが、ワリ太はむたろう君の父親でもあります。排除したいのはやまやまですが、まごうことなき事実を無視できない葛藤が、読んでいて本当につらいのです。
ワリ太は完全に性的依存症です。その影響なのでしょうか、身近な人を無意識に傷つけては「自分は悪くない」「自分だって頑張っている」などと自らの行いを正当化します。
依存度を周囲に覚(さと)られないのもまた依存症あるあるです。「同じ職場の人にも高評価」を得ていたワリ太…ねむさんに落ち度はありませんでした。
不謹慎を覚悟で言えば、ねむさんがひとりだったら、もっと早く逃げられたかもしれません。とはいえ、ねむさんの生きる最大の糧はむたろう君です。むたろう君がいたからこそ、新たな人生のために戦えたのです。
同じ女性として、正直ページをめくるのがしんどい時もありました。本当に実話なのかと信じたくない部分もありました。しかし、むたろう君への愛を貫くねむさんの姿に、いつしか私が励まされていたのです。
「なんだかんだで可愛い我が子を一生懸命育てている自分の人生は嫌いじゃありません」
ねむさんのこの言葉は、世の母親達、そして女性達の力になるでしょう。
<文/森美樹>
森美樹
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『
主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『
母親病』(新潮社)、『
神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。
X:@morimikixxx